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死の準備していますか

2004年09月16日

死の準備していますか
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9/12(日)付の日本経済新聞、SUNDAY NIKKEIα 医療面「患者の目」より。
筆者はプロウインドサーファー 飯島夏樹氏

 僕はがんのターミナル(末期)。七月に小節『天国で君に逢えたら』(新潮社)を書き上げ、翌月“南国療法”を受けるため、慣れ親しんだハワイに家族六人で移住した。
 心地よい季節風に吹かれて主治医を訪ねた。「これだといつ逝ってもおかしくないね、奥さん覚悟しといてや」。先生は明るい。僕も明るい。妻は三十五歳、幼い四人の子持ち。十分覚悟していたことだが、現実はときに厳しい。いつまでも元気でいて欲しい竏停・。分かってはいたけれど、かなり悲しそうである。
 しかし「死」は必ず誰にもやってくる、遅かれ早かれ百パーセント。人間皆何かの準備に追われて人生を走っている。勉強、就職、子育て、ローンの返済……。だが、その全力をかけた準備の終わりが訪れないこともある。では、百パーセントの確率で訪れる「死」に対して準備をしている人はどれだけいるのか?
 僕には健康ばかりに目を向け、いつまでも自分に死は訪れないと思っている人が、あのドンキホーテのように見える。以前、サハラ砂漠の医療ボランティアに参加したことがある。ここではまだ腰痛を治すために、焼き火箸をアキレス腱の内側に突き刺す治療もあった。砂漠化の進んだパウダーサンドは、子供たちの目を失明させる。薬、水が圧倒的に不足している。しかし、彼らの目の輝きは日本ではあまり見られない者だった。いったい、高度医療の恩恵を受ける日本人と何もないサハラに住む人々、どちらが幸せなのか?と一緒にいたドクターと、星空を見ながら朝まで語り合った。
 翌朝、村の老女が天に召されていった。人は生まれ、人は死ぬ。とても自然のことのように感じられた。真理からややはずれ気味の先進国の僕たちは、いったいいつ「死」に対して準備するのだろうか?終わりが見えてこそ、今を輝いて生きられるのではないか。良寛は言う。「死ぬ時節には死ぬが良く候」。僕は天に向かって爽やかに旅立ちの準備をしたいと切に願う。

いいじま・なつき 66年東京都生まれ。世界戦で数々の入賞歴を持つウインドサーファー。02年に肝臓がんと診断され、重度のうつ病も患う。今年6月に余命宣告を受けた後、執筆活動に没頭。7月に小節「天国で君に逢えたら」を出版、大きな反響を呼ぶ。

Posted by りじんぐ at 00:00

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